バプテスマのヨハネは、「悔い改めのバプテスマ」をユダヤの荒野で宣べ伝え、ヨルダン川でバプテスマを人々に施していました。この❝悔い改め❞とはどんなことなんでしょう。どうもこの言葉を聞くと、身構えてしまいます。これまでの自分の生き方を顧みて、生き方を変える、方向転換するということですから、これまでの生き方、行い、考え、価値観を変えるということですから、これは並大抵のことではありません。
これまで自分が身を置いてきた環境、人間関係すら変化するということも起こることになりますし、自分の体内に染み付いたものはなかなか変わりません。しかし、多くの人がヨハネのもとへやって来たということは、それだけ自分の生き方を変えないと、と思う人たちがいたということでしょう。いずれにしても、このまんまではだめだと思う人たちがいたということでしょう。これは現在にも通じることでしょう。❝これでいいのだ❞とバカボンパパみたいに人生を肯定することができる人はいるのかなと思うのです。どこかで、❝こんなんでええのんかなあ❞と思いつつ人生を歩むのが私たちです。
コメント