『一点、一画すたることなく』

礼拝メッセージ

イエス様がこの地上に来られたのは、律法(モーセの律法)や預言者(預言書)を廃するためではなく、成就するために来たと語られます。

 当時は、自分の力によって律法と預言者(神の意志)を完成そして成就して神様に認めてもらおうとすることが大勢を占めていたようです。そうしますと、自分自身にしか関心が向きません。他者を見る時、自分を基準に推し量りますから、批判しか出て来ません。いつのまにか疑心暗鬼となり、他者との連携や受け止めるということが出てきません。そこは❝愛❞はない状態です。寂しい事柄です。喜びとかうれしさがないです。

 そもそも律法は、神様が私たち人間を愛するがゆえに下さったものですし、預言者をとおして、我々がどのように生きたらば人生がよりよいものになるかを示して下さったものです。先ずこれら(律法・預言者(書):旧約聖書)には、神様の愛が先行しています。そのことを、イエス様は様々な業や教えをとおして私たちに示しておられます。この方に従うしかありません。

(「義」:神の要求する正しい人間的・倫理的行為・・・岩波訳)

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