エルサレム神殿は、宗教的のみならず、政治的にも、経済的にも、ローマ帝国
の直轄属州ユダヤに許容された自治組織において、中枢的役割を果たしていた。
神殿「祭司」のトップに「大祭司」が君臨したが、彼は「議会」にあたる「最
高法院(サンヘドリン=70人議会)」でもトップの座を占めていた。その側近に、
大半が貴族祭司からなる、10数名の「祭祭司長たち」が存在し、彼らは現代的に
いえば「首相にあたる「大祭司」の「閣僚」的存在であった。しかもその中には、
一人の「神殿守衛隊長」が入っており、軍事の全権を掌握していたのである。
一方、神殿の在庫は、ユダヤ州の自治を成立せしめる中心的金融機関であった。
これは、ユダヤの全成人に課せられた神殿税、十分の一税と、国の内外から持ち
込まれるおびただしい数に上る奉納品と祭りごとに納められる犠牲獣によって支
えられていたのである。しかも、神殿内では通用する貨幣(古代ヘブライの貨幣か
フェニキヤのティルス貨幣)に両替しなければならなかった。つまり、犠牲獣や
両替の商売なしにユダヤの神殿支配体制は成り立ちえなかったのである。
このような事情を背景として、イエスが神殿の前庭から、商売をしている人々
を追い払い、(あるいは器具の搬入を阻止し)、神殿破壊の言葉を口にしたとす
れば、これは明らかに、商売人の背後にあって民衆を搾取している神殿勢力その
ものを的とした強烈な神殿批判とみなされねばなるまい。
(『イエスキリストを語る』 荒井 献 著より)
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