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礼拝メッセージ

『イエスの道』

キリスト教は、どのような信じ方をする宗教なのでしょうか。改めて考えてみると、日本の伝統的な宗教とは大きく違っていることに気づかされます。「神仏を拝む」という言い方がありますが、キリスト教信仰は神さまを拝むのではなく、神さまから救い主としてこ...
礼拝メッセージ

『和らぎをなせ』

イザヤは5:1~6で次のように語っておりました。「・・・良いぶどうの結ぶのを待ち望んだ。ところが結んだものは野ぶどうであった。・・・わたしはそのまがきを取り去って食い荒らされるにまかせ、そのかきをとりこわし踏み荒らされるにまかせる。・・・お...
礼拝メッセージ

『バベル(混乱)』

洪水の後、人々は増えて同じ言葉での生活をしていたと聖書は語ります。「同じ発音、同じ言葉」と記しているのですが、どのようなものだったのでしょう。それから人々は「東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ」とありますが、註解書によってはバビ...
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6/23 「沖縄(命どぅ宝)の日について

2006年度、第34回総会での決議に基づき2007年度より6月23日を6、23「沖縄(命どぅ宝の日)の日」と定めました。  活動の目的は、「沖縄を『国外』と位置づけ、沖縄の苦しみ・悲しみ・痛みに思いが至らなかったことへの悔改め/沖縄の歴史に...
礼拝メッセージ

『心を刷新する』

この12章より、これまで述べてきました神学的展開いわゆる教理的な部分に続いて、倫理的、実践的な具体的勧告を述べています。(ちなみに、この12:1~8は1~2、3~8と2つに分けられるようです) 「信仰によって義とされる」私たち。信仰というこ...
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『罪と律法のはざまで』 5月21日(日)

「内なる人としては神の律法を喜んでいるが、・・・肢体に存在する罪の立法の中に、わたしをとりこにしている。」キリスト者が生涯向き合わなければならない命題です。パウロがこのことでどんなに苦闘したことか、煩悩のほどが偲ばれる今朝の聖書箇所です。自...