『わたしについてきたいと思うなら』

礼拝メッセージ

 マルコ福音書は、この箇所が”分水嶺”になっているといいます。これまでガリラヤの海(湖)を中心に、行き来して活動されていたイエス様が、ピリポ・カイザリアの村々へ出かけられたその途上で、お弟子さんたちに尋ねられました。「人々はわたしを誰と言っているのか」と。いろんなうわさが飛び交っていたのでしょう。バプテスマのヨハネ、エリヤ、預言者の一人だと言っていると答えます。これはイエス様への評価がかなり高かったそうです。(エリヤは今日でも過越祭時に椅子を一つ「エリヤの椅子」として残し、エリヤ再来を期待し願うそう)。そこでペテロが「あなたこそキリストです」と答えます。

 その後、イエス様は受難予告をされます。自分の受難と死、そして復活。(これは「事後預言」ではないかという気がしますが)。イエス様の教えや振る舞いに好感を寄せた群衆。批判や疑問を持った、ユダヤ社会の指導者たち。彼らは3章6節によるとイエス様の殺害計画さえ企てたようです。イエス様はこのような雰囲気、様子を感じておられたことでしょう。

 

 

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