『翻って生きる』

 今日の箇所は先ず、悪人と義人の行いが語られます。

悪人)その罪を離れ、(神の)定めを守り、公道と正義をおこなう。・・・彼は必ず生きる。死ぬことはない。

義人)義を離れて悪を行い、憎むべき事を行う。彼の行った正しい事は覚えられない。・・・彼は犯した咎(とが)、罪とのために死ぬ。

 ある注解書(DSB)にこのような記事がありました。

「A氏:彼(義人)は、長い間後ろ指一つ指されることなく過ごしてきたが、何らかの理由で突然、悪に傾いてしまった。こうして生涯の最後の数年間だけは、神への責任を放棄し悪に耽った。

この場合、これまでの善良な生活が最後の過失によって取り消されてしまうのか?

「B氏:彼は長い間、極悪人だった。神をないがしろにし、仲間を食いものにし、貧しい者を犠牲にし、金持になった。もし彼が、死の床で悪から立ち返り悔い改めたら、彼のすべての罪は赦されるのか?それではあまりに不公平だ!

しかし、あなたは神は公平な方だと主張している!」

 皆さんは、どのように考えられますか。

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