『スロ、フェニキアの女性』

礼拝メッセージ

 ツロ(ティルス)の地方へと出かけられたイエス様、「誰にも知れないように」しておられたといいますから、お忍びで行かれたのでしょうか。この後にシドン~デカポリス地方~ガリラヤの海~ピリポ・カイザリアへと出かけられます。これは地図上で無理があります。(マルコは地図に明るくなかったようです)いずれの地もガリラヤ地方周辺の異邦人地域でした。

 イエス様が十字架で殺され、約40年近くが経過した時期にマルコ福音書は記されたそうです。そのマルコの教会には、異邦人信徒が加わり、また福音がガリラヤ周辺地方へと徐々に伝わっていたと思われます。

 さて、あのイエス様がスロ(シリア)・フェニキアの女性の訴え(悪霊につかれた娘のいやし)を退けられます。家族のため見知らぬ男性に接近することは慣習上馴染まず、家庭の保護と、配慮は、父親または年長の近親者男性の責任だったようです。イエス様には受け入れがたいものでした。この依頼は恥ずべきもので、拒絶と軽蔑を起こしたようです。

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